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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)94号 判決

アメリカ合衆国

ニューヨーク州 12345 スケネクタデイ リバー・ロード 1

原告

ゼネラル エレクトリック カンパニイ

代表者

エリック ピー ハーマン

訴訟代理人弁理士

田中浩

荘司正明

木村正俊

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

山田益男

田辺寿二

吉村宅衛

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための出訴期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成6年審判第4239号事件について平成7年12月12日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文第1、2項と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

アールシーエーコーポレーションは、1984年10月31日にアメリカ合衆国においてした出願に基づく優先権を主張して、名称を「ビデオ・カメラ」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、昭和60年10月30日特許出願(昭和60年特許願第245287号)をした。原告は、1987年12月31日、アールシーエーコーポレーションを吸収合併した(これに基づく特許庁長官への特許出願人名義変更届は平成8年5月29日提出。)。上記特許願は、平成5年10月26日拒絶査定を受けたので、原告(アールシーエーコーポレーション)は、平成6年3月7日審判を請求し、平成6年審判第4239号事件として審理された結果、平成7年12月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成8年2月8日、原告(アールシーエーコーポレーション代理人)に送達された。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載)

場面の像を映し出すためのレンズと、

イメージャを含み、上記映し出された場面の明るい部分と暗い部分を表わす振幅変化の範囲を有する実動画像期間相互間に在る反覆ブランキング期間を有し、上記イメージャ上に映し出された光とは無関係に大きさが変化し得る暗電流成分を含むビデオ信号を供給するイメージ変換手段と、

上記レンズとイメージャとの間に配置されていて、上記イメージャ上に映し出される光量を制御するための絞りと、

絞り制御手段であって、これに供給されるビデオ信号のピークレベルに応答して上記イメージャ上に映し出される光を制御するように負帰還形態で上記絞りを制御するための上記絞り制御手段と、

上記イメージ変換手段によって供給されたビデオ信号に応答するように結合されており、ビデオ信号から上記大きさが変化し得る暗電流成分が事実上除去されるように上記絞り制御手段に供給されるビデオ信号を修正するビデオ信号修正手段と、

からなるビデオカメラ(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例

これに対して、昭和51年特許出願公開第131210号公報(以下、「引用例1」どいう。別紙図面2参照)には、「本発明に係わるビデオカメラは、黒レベルを含む複合映像信号中から暗電流を検出する暗電流検出回路と、前記暗電流検出回路の検出出力に基づいて前記暗電流が実質的に一定になるように撮像管のターゲット電圧を制御する回路とを具備している(1頁下右欄10行ないし15行)」、「第1図は本発明に係わるビデオカメラを示す回路図であって、矢印(1)で示す入射通路にはレンズ(2)、絞り装置(3)、ビジコン(4)が配されている。ビジコン(4)のターゲット(5)には、電源端子(6)からターゲット電圧が供給されるようになっている。電源端子(6)の電圧は直接供給されずに、ターゲット電圧制御回路(7)と抵抗(8)とコンデンサ(9)とを介して印加されている。ターゲット(5)から得られる信号電流は、コンデンサ(10)とビデオ増幅器(11)とを介して映像信号として端子(12)に送出されると共に、この実施例では、クランプ回路(13)に送られる。・・第2図(B)に示すゲートパルスをゲートパルス発生回路(15)よりゲート回路(14)に加えることによって、第2図(A)に示す複合映像信号の黒レベル期間(TB)のうちの一定期間(T)のみ信号が通過し、第2図(C)に示す信号がゲート回路(14)の出力に得られる。・・ゲート回路(14)を通過した第2図(C)に示す信号は平滑回路(16)で第2図(D)に示すような直流レベルに変換される 比較回路(17)には第2図(D)に示す暗電流に対応した信号と基準信号発生回路(18)からの基準信号 が付与され、基準信号と暗電流に対応した信号との比較出力が発生する。比較出力はターゲット電圧制御回路(7)に制御信号として付与され、暗電流が大きいときにはターゲット電圧を下げ、25℃のときの暗電流と同じ値になるようにターゲット電圧を調整する。

映像信号は上述のターゲット電圧の制御のみならず、絞り制御にも使われている。(19)は検波器であって、被写体の明るさに対応した信号を形成する回路である。検波器(19)の出力は比較回路(20)に送られ、ここで基準信号発生回路(21)から与えられる基準レベルと比較される。比較回路(20)の出力は増幅器(22)を介してアイリス駆動モータ(23)に付与され、被写体の明るさに対応して自動的に絞り装置(3)で絞りが調整され、入射光量の制御がなされる(2頁上右欄3行ないし下右欄13行)なる記載が図面と共に示されている。

また、昭和54年特許出願公開第85634号公報(以下、「引用例2」という。)には、「従来からテレビジョンカメラの信号処理回路中に暗電流クリップ回路をもうけ、暗電流による信号をクリップして悪影響を取除いている。」(1頁下右欄1行ないし4行)なる記載がされている。

周知例として引用された昭和56年特許出願公開第19274号公報(以下、「引用例3」という。)には、「明暗差の著しい被写体の撮像を可能とする為に、通常は信号平均値制御とし、ある光量以上となった場合は、自動的に信号ピーク値制御に切換えることにより、常に被写体を最適露光で撮像させることが可能な露出制御回路を提供する。」(2頁上左欄2行ないし7行)なる記載がされている。

周知例として引用された昭和56年特許出願公開第121021号公報(以下、「引用例4」という。)には、「本発明は、画像信号を平均化して得られた信号をレンズ開口調整のための予め定め 基準レベルに対して比較して該平均化信号のレベルが該基準レベルに対して所定の関係となる様にレンズ開口を調整する様にしたTVカメラの自動露光量調整方式に於いて、上記画像信号のピーク値を検出すると共に、該ピーク値を所定の参照レベルに対して比較して、該ピーク値が該参照レベルを上回った場合に上記レンズ開口調整のための基準レベルを変化させることに依りこれに追随させて上記レンズ開口を減少させるようにしたことを特徴とするものである。」(2頁上左欄17行ないし上右欄9行)なる記載がされている。

(3)  対比

本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、引用例1の「ビジコン」と「検波器(19)、比較回路(20)、基準信号発生回路(21)、増幅器(22)とアイリス駆動モータ(23)」は本願発明の「イメージ変換手段」と「絞り制御手段」にそれぞれ相当するので、両者は、

「場面の像を映し出すためのレンズと、イメージャを含み、上記映し出された場面の明るい部分と暗い部分を表わす振幅変化の範囲を有する実動画像期間相互間に在る反覆ブランキング期間を有し、上記イメージャ上に映し出された光とは無関係に大きさが変化し得る暗電流成分を含むビデオ信号を供給するイメージ変換手段と、上記レンズとイメージャとの間に配置されていて、上記イメージャ上に映し出される光量を制御するための絞りと、絞り制御手段であって、これに供給されるビデオ信号に応答して上記イメージャ上に映し出される光を制御するように負帰還形態で上記絞りを制御するための上記絞り制御手段と、ビデオ信号から上記大きさが変化し得る暗電流成分の影響が事実上除去されるように上記絞り制御手段に供給されるビデオ信号を修正するビデオ信号修正手段と、からなるビデオカメラ。」である点で一致し、次の点で相違するものと認められる。

(相違点A)

本願発明の絞りの制御信号が「画像信号のピークレベル」に対応するものであるに対し、引用例1記載の発明は「検波器を介して得た信号、即ち映像信号の平均値に対応するもの」となっている点。

(相違点B)

本願発明のビデオ信号修正手段が「イメージ変換手段によって供給されたビデオ信号に応答するように結合されており、ビデオ信号から大きさが変化し得る暗電流成分が事実上除去されるように絞り制御手段に供給されるビデオ信号を修正する」ものであるのに対し、引用例1記載の発明は「基準信号と暗電流に対応した信号との比較出力がターゲット電圧制御回路(7)に制御信号として付与され、暗電流が大きいときにはターゲット電圧を下げ、25℃のときの暗電流と同じ値になるようにターゲット電圧を調整する」構成となっている点。

(4)  判断

相違点Aについて検討するに、カメラの適正露光のためのアイリスサーボ機構において、その制御信号として画像信号の平均レベルを用いることもピーク値を用いることも引用例3、4に示されているように共に周知慣用されているところであるから、本願発明において絞りの制御信号として「画像信号のピークレベル」に対応するものを用いた点は当業者が適宜選択し得る設計事項と認められる。

また、相違点Bについてであるが、そもそも本願発明の課題は絞り制御手段を駆動するための制御信号であるビデオ信号中の暗電流成分を除去し、適正な絞り制御を達成しようというものであって、この点では引用例1記載の発明と同じである。ただ、本願発明がイメージ変換手段の出力する暗電流成分を含んだビデオ信号から、暗電流成分を除去するのに対し、引用例1記載の発明はターゲット電圧を制御することによって暗電流による影響を除去したビデオ信号を得る点で相違している。しかし、本願発明の課題は前述の如く引用例1記載の発明と同じであって、要は、絞り制御手段の制御信号として用いられるビデオ信号から暗電流成分の影響が除去されていれば良いのである。そしてビデオ信号から暗電流成分を除去する技術手段として、暗電流成分を含んだイメージ変換手段の出力を受けて回路的手段により除去することは引用例2に従来技術として示されているように周知慣用の事柄であるから、引用例1のイメージ変換手段において暗電流の影響を除去する代わりに後段の処理回路において影響を除去してなる本願発明の様な構成を採用したことに格別の困難性はない。

そして、本願発明の構成によってもたらされる効果も、引用例1記載の亮明から当業者であれげ容易に予測することができる程度のものであって、格別のものとは言えない。

(5)  むすび

したがって、本願発明は、引用例1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、相違点Aについての判断は認め、その余は争う。同(5)は争う。

審決は、引用例1記載の発明と引用例2に示された周知慣用の技術の組合せが困難であることを看過した結果、相違点Bの判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  すなわち、ビデオ信号から暗電流成分の影響を除去する方法として、本願発明は「ビデオ信号から暗電流成分を除去してしまう方法」、したがって「絞り制御に暗電流成分の作用が一切及ばない方法」をとるのに対し、引用例1記載の発明は単に「ビデオ信号に含まれる暗電流成分の値を0ではない一定値にする方法」、すなわち依然として「絞り制御に暗電流成分の作用が及ぶ方法」を採用しているもので、制御思想を異にする。その上、引用例1には、ビデオ信号から暗電流成分を除去することについての示唆及び必要性の記載も全く見当たらない。

従来の技術常識では、ビデオ・カメラのようにイメージャの出力に、純粋のビデオ信号の他に、暗電流成分を含むものにおいては、絞りの開口度の制御には、引用例1記載の発明のように、暗電流成分も加味すべきであるとされており、本願発明のように、暗電流成分が事実上除去されるようにして、暗電流成分とは無関係に露光量の大小に基づいて絞りの開口度を制御する手段は適用できないとされていた。すなわち、イメージャは、被写体からの入射光によって生じたキャリヤと暗電流を形成するキャリヤを区別できないから、両キャリヤの和がある限度を超えれば、両キャリヤの割合がどうであっても、所望しないブルーミングを生じる。したがって、受光光量が非常に少ないにもかかわらずブルーミングが生じた場合に、その非常に少ない受光光量に応じて絞りを調節すると、絞りの開口度はより大きくなり、結果としてより多量の光がイメージャに入射する状態となってブルーミングの発生を助長する不都合を招くことになるとされていたのである。それ故、引用例1記載の発明は、絞り制御の本来の目的に反する動作を行う、一見無謀に見える本願発明の思想を示唆しているとは言えないし、これから当業者が本願発明を着想し得たともいうこともできない。

さらに、引用例2は、単にイメージ変換手段(引用例2ではテレビジョンカメラ)の出力から暗電流による信号をタリッフ(除去)する回路の存在を記載するのなで、特にその回路と絞り制御手段との関連性に言及     はない

したがって、引用例1記載の発明のビデオ・カメラの主要部を引用例2にいう暗電流クリップ回路で置換する技術的な理由も必然性もなく、それを格別の困難性はないとする根拠はないから、これを容易とした審決の判断は誤りである。

(2)  また、本願発明の構成による効果は顕著なものがある。すなわち、本願発明は、上記のとおり、いったん暗電流が発生すると絞り制御手段が不所望なブルーミングの発生を助長する不都合を招くことになるとされていた、一見無謀と思える、当業者の技術常識に反する動作を行うものである。それにもかかわらず、本願発明は、出願後現在に至るまで、CCDイメージャを使用したビデオカメラに広く使用され、有効なものとして業界に認められているものである。

したがって、本願発明の効果を引用例1記載の発明から容易に予測できる程度のもので、格別のものとは言えないとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決には取り消されるべき理由は存在しない。

2  反論

原告は、ビデオ信号から暗電流成分の影響を除去する方法として、本願発明は「ビデオ信号から暗電流成分を除去してしまう方法」、したがって「絞り制御に暗電流成分の作用が一切及ばない方法」をとるのに対し、引用例1記載の発明は単に「ビデオ信号に含まれる暗電流成分の値を零ではない一定値にする方法」、すなわち依然として「絞り制御に暗電流成分の作用が及ぶ方法」を採用しているもので、制御思想を異にすると主張する。

しかし、カメラの絞り機構、いわゆるアイリスサーボは、被写体受光部に適正な露光量を得るために受光光量を検出し、その量    絞りを調節するものであるから、絞りの開口度 暗電流成分とは無関係に、露光量の大小に基づいて制御されるべきものであることは原理上自明である。引用例1記載の発明は、これを25℃を基準とする時の暗電流成分に置換する方法で絞り制御に暗電流成分の変化による影響が実質的に及ばないようにしているのであるが、本願発明も、この影響が実質的に及ばないようにする点において、引用例1記載の発明と同様である。そしてこの際、引用例1記載の発明における暗電流成分の基準値をどこに置くかは、単なるバイアス量だけの話であって、設計上適宜に設定される事項にすぎない。したがって、本願発明と引用例1記載の発明の制御思想は異なるものではない。

また、原告は、ビデオカメラのように暗電流が発生するものについては、暗電流成分とは無関係に露光量の大小に基づいて絞りの開口度を制御する手段は適用できないとされていた旨主張する。

しかし、アイリスサーボは、検出された受光光量に基づいて適正な露光量を得るために絞り機構を制御しようとするものであって、光学カメラに適用するものであれ、ビデオカメラに適用するものであれ、基本的な差異はない。そして、イメージャを用いるビデオカメラにアイリスサーボを適用したものは周知であったから、原告の主張は失当である。

さらに、原告は、本願発明は暗電流が発生すると絞り制御手段が不所望なブルーミングの発生を助長する不都合を招くとされていた当業者の技術常識に反する動作を行うことにより顕著な効果を奏する旨主張するが、本願明細書にはそのような仮定の状況は記載されておらず、本願発明はそのような状況を認識した技術的思想ではないし、ましてこのような誤作動をも解決する構成を要旨とするものではないから、原告の主張は失当である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第2号証(本願書及び願書添付の明細書、図面等)、第3号証(平成4年2月12日付け手続補正書)、第4号証(平成5年7月29日付け手続補正書)、第5号証(平成6年3月29日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成、作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

1  本願発明はビデオ・カメラの自動絞り制御回路に関するものであり、更に詳しく言えば暗電流が絞り制御に影響を与えるのを防止するための装置を備えた回路に関するもめでもる(甲第2号証明細書2頁8行ないし11行)

監視用、工業用及びポータブル・カメラに使用されるイメージャは撮像管(ビジコン)のようなイメージング・デバイスと、電荷結合装置(CCD)のようなソリッド・ステート・センサと、金属酸化物半導体(MOS)とを含んでいる。イメージャのダイナミック・レンジを最大にして使用するために、カメラには大抵イメージャの光路中に結合された機械的なダイヤフラムからなる絞りが設けられており、イメージャが好ましい照度範囲内で動作するようにイメージャに到達する光量を制御している。この絞りはイメージャから供給される負帰還ループの形態で自動的に制御される場合もある。(同2頁13行ないし3頁13行)

撮像管あるいはソリッド・ステート・イメージャはビデオ信号の他に一般に暗電流(ダーク・カレント)と称される他の成分も供給する。暗電流は光が存在しないときも撮像用の光感知面中で主として熱によって発生される電子-ホール対によって供給される信号である。一般に暗電流は、第1図(別紙図面1参照)に示すように信号9の実動ビデオ部分13を暗電流レベルに依存するDC成分(VDC)の頂部に載せるDC信号レベルからなる。暗電流成分が小さいときには、自動絞り制御装置は、ビデオ信号の実動部分13の振幅変化の実質的に全ダイナミック・レンジに追従することができる。ビデオ信号に伴う暗電流レベルは温度の上昇と共に増加し、カメラが室温以上の周囲状況の下で動作するときは、暗電流成分は波形15によって示すようにビデオ信号のかなりの部分を占めるようになる。(同5頁7行ないし6頁3行)

高温の周囲状況の下では信号15のピーク値のほとんど半分は映像の輝度変化には対応しないので、絞り制御のダイナミック・レンジの約50%は暗電流のために失われてしまう、したがって、ビデオ信号の暗電流成分によって引さ起  れる絞り制御ダイナミック・レンジの好ま  た、減しを取り除くことが望ましい。(同6頁19行ないし7頁6行)

2  本願発明は、本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項)記載の構成を有する。(甲第5号証2頁8行ないし20行及び特許請求の範囲)

3  本願発明の原理によれば、ビデオ信号はそれが自動絞り制御装置20に供給される前にそれから実質的に暗電流成分が取り除かれるように修正回路40で修正される。修正回路40は、平均ビデオ信号レベルを第1のレベルにシフトするためのDCシフト回路42、及びビデオ信号のブランキング部分のレベルをシフトされた平均値ビデオ信号の実動期間の最大レベルと最小レベルとの間の第2のレベルにクランプするためのブランキング・レベル・クランプ回路44を含んでいる。図示の実施例では、第2のレベルは第1のレベルに実質的に等しい。(甲第2号証明細書11頁6行ないし18行、甲第3号証2頁ll行ないし12行)

キャパシタ46と抵抗器48はトランジスタ50に供給されたビデオ信号の平均値をアースにシフトするように作用する。これは第3図に波形302と304とを比較することによって示されている。(甲第2号証明細書12頁4行ないし8行、甲第3号証2頁13行ないし14行)

トランジスタ50のエミッタに発生するビデオ信号は波形306によって示されており、その平均値がトランジスタ50のエミッタのPN接合の両端間に発生するDC電圧、すなわち約0.7ボルトだけ正方向にシフトされている点を除けば波形304と同じである。(甲第2号証明細書12頁13行ないし17行、甲第3号証2頁15行ないし17行)

ビデオ信号の平均レベルはDCシフト回路42によってシフトされる。これによって得られたビデオ信号は波形308で示されている。波形308によって示される得られたビデオ信号のブランキング・レベルは、ビデオ信号の実動部分の最大変化と最小変化との間にある。ビデオ信号がこのように修正されると、絞り装置20の検出回路24はビデオ信号の最も負の部分をVRにセットし、最も正の部分のピークを検出する。その結果、ビデオ信号の実動部分の最大変化を正確に表わすDC信号は絞り制御モータ38を制御するために発生され、暗電流成分が絞り制御のダイナミック・レンジを減少させるのを防止することができる。(甲第2号証明細書13頁16行ないし14頁8行)

第3  審決の取消事由について

そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

1  まず、引用例1記載の発明の技術内容について検討する。

成立に争いのない甲第6号証(引用例1)によれば、引用例1には、「本発明は暗電流の変化を少なくしたビデオカメラに関するものである、ビジコンに光をあてずに動作させたとき流れるターゲット電流即ち暗電流は、ターゲットの温度の変化によって変化する。暗電流の変化は黒レベルの変動になるので、従来はアンプ系での電気的処理によって黒レベルを一定にするように補償している。しかし、暗電流そのものを減少させていないので、暗電流増加による黒シェーデングの増加及び管面照度に対する信号の飽和レベル低下を防ぐことは不可能であった。」(1頁左下欄12行ないし右下欄7行)、「本発明に係わるビデオカメラは、黒レベルを含む複合映像信号中から暗電流を検出する暗電流検出回路と、前記暗電流検出回路の検出出力に基づいて前記暗電流が実質的に一定になるように撮像管のターゲット電圧を制御する回路とを具備している。」(1頁右下欄10行ないし末行)、「即ち、第2図(B)に示すゲートパルスをゲートパルス発生回路(15)よりゲート回路(14)に加えることによって、第2図(A)に示す複合映像信号の黒レベル期間(TB)のうちの一定期間(T)のみ信号が通過し、第2図(C)に示す信号がゲート回路(14)の出力に得られる。

第2図(C)の信号は、第2図(A)の複合映像信号の暗レベル部分(P2)が通過したものである。第2図(B)に示すゲートパルスは水平同期信号(P1)に基づいて形成されている。ゲート回路(14)を通過した第2図(C)に示す信号は平滑回路(16)で第2図(D)に示すような直流レベルに変換される。比較回路(17)には第2図(D)に示す暗電流に対応した信号と基準信号発生回路(18)からの基準信号とが付与され、基準信号と暗電流に対応した信号との比較出力が発生する。比較出力はターゲット電圧制御回路(7)に制御信号として付与され、暗電流が大きいときにはターゲット電圧を下げ、25℃のときの暗電流と同じ値になるようにターゲット電流を調整する。

映像信号は上述のターゲット電圧の制御のみならず、絞り制御にも使われている。(19)は検波器であって、被写体の明るさに対応した信号を形成する回路である。検波器(19)の出力は比較回路(20)に送られ、ここで基準信号発生回路(21)から与えられる基準レベルと比較される。比較回路(20)の出力は増幅器(22)を介してアイリス駆動モータ(23)に付与され、被写体の明るさに対応して自動的に絞り装置(3)で絞りが調整され、入射光量の制御がなされる。

第2図(A)に示す複合映像信号は、同期信号(P1)と黒レベル部分(P2)と映像信号部分(P3)とから成り、この内、黒レベル部分(P2)は第3図に示す如くフェースプレート(24)に於けるスキャンサイズ(L)の左端に黒部分(LB)を設け、この黒部分(LB)を電子ビームでスキャンすることによって生じたものであり、即ち暗電流Idである。従って、この黒レベル部分(P2)をゲート回路(14)で選択的に取り出した第2図(C)に示す信号は暗電流Idの大きさに対応した値を有する。又、第2図(D)に示す信号も暗電流Idに対応した大きさを有する。暗電流Idは温度によって変化するが、本実施例では、25℃の時の暗電流値に保たれるようにターゲット電圧V1が制御されている。・・・従ってターゲット電圧V1を下げることによって信号電流も減少するが、・・・暗電流が略一定に保たれるので、黒レベルの変動が生じないばかりではなく、温度変化による黒シェーディングの増加、及び温度変化による管面照度に対する信号の飽和レベルの低下を防ぐことが出来る。」(2頁左下欄3行ないし3頁右上欄13行)との記載があることが認められる。

上記記載に徴すれば、引用例1記載の発明は、温度変化による暗電流の変化(2図の(A)のP2のレベル)が黒レベルの変動となることから、これを一定にしようとする技術的課題を有するが、引用例1記載の構成を採用することによって、黒レベルの変動を抑止するばかりでなく、副次的に暗電流増加による黒シェーデングの増加、温度変化による管面照度に対する信号の飽和レベルの低下を防ぐことができるというものでもあり、そのためにターゲット電圧を制御して上記P2レベルが一定になるような補償をする、例えば暗電流が大きいときにはターゲット電圧を下げ、25℃のときの暗電流と同じ値になるようにターゲット電圧を調整するというものであるが、さらに、上記のように一定になった暗電流が含まれるビデオ信号が絞り制御にも使われるため、絞り制御手段に供給されるビデオ信号からも暗電流成分の影響が事実上除去されている効果も有するものと認められる。

そして、前掲甲第6号証によれば、上記25℃の時の暗電流と同じ値に保たれた暗電流成分を含んだビデオ信号で絞り制御手段を制御するという発明は、引用例1によって公開された特許願の明細書に記載された実施例であるところ、その特許請求の範囲の記載は、「暗電流が実質的に一定になるように撮像管のターゲット電圧を制御する」というものであって、暗電流の値ないし温度を限定していないことが認められる。そして、自動絞り制御の本来の機能は露光量を計測し、その露光量の大小に応じて絞りの開口度を制御するべきものであることは自明の理であるから、ビデオ信号のうち絞り制御手段に供給される部分に限って考えれば、暗電流成分が一定であることにより暗電流成分の影響が事実上除去されていることが重要であり、暗電流成分の基準値をどこに置くかは、単なるバイアス量の問題であって適宜に設定されるべき事項ということができる。

2  原告は、ビデオ信号から暗電流成分の影響を除去する方法として、本願発明は「ビデオ信号から暗電流成分を除去してしまう方法」、したがって「絞り制御に暗電流成分の作用が一切及ばない方法」をとるのに対し、引用例1記載の発明は単に「ビデオ信号に含まれる暗電流成分の値を0ではない一定値にする方法」、すなわち依然として「絞り制御に暗電流成分の作用が及ぶ方法」を採用しているもので、制御思想を異にする、その上、引用例1には、ビデオ信号から暗電流成分を除去することについての示唆及び必要性の記載も全く見当たらないとして、暗電流クリップ回路適用の困難を主張するので、その点について検討する。

(1)  本願発明の技術的課題(目的)は、前記第2の1認定のとおりであり、これによれば、本願発明は、ビデオ信号中の暗電流成分によって絞り制御のダイナミック・レンジの好ましくない減少が引き起こされることから、暗電流の存在そのものを問題視し、これを除去しようとするものであると解される。

(2)  一方、引用例1記載の発明は一定の値に保たれた暗電流を含んだビデオ信号で絞り制御手段を制御するものであること前記第3の1認定のとおりであるから「ビデオ信号に含まれる暗電流成分の値を0ではない一定値にする方法」ということができ、引用例1には、ビデオ信号から暗電流成分を除去することについての記載は存しないというべきである。

(3)  しかしながら、引用例1には、従来技術の問題点として「暗電流そのものを減少させていないので、暗電流増加による黒シェーデングの増加及び管面照度に対する信号の飽和レベル低下を防ぐことは不可能であった。」との記載があること前記第3の1認定のとおりであるところ、上記記載からすれば、引用例1には、温度が高くなることによる暗電流増加によって引き起こされる黒シェーデングの増加及び管面照度に対する信号の飽和レベル低下、すなわち暗電流による悪影響を防ぐために、暗電流を減少させて一定になるように抑制する制御を行うという技術的思想が開示されているというべきである。

一方、成立に争いのない甲第7号証(引用例2)によれば、引用例2には、「一般にテレビジョンカメラの撮像管は暗電流を有しその温度ドリフト等により特にカラーテレビジョンカメラの色再現性に重大な悪影響を与えることは周知である。このため従来からテレビジョンカメラの信号処理回路中に暗電流クリップ回路を設け、暗電流による信号をクリップして悪影響を取り除いている。」(1頁左下欄下から3行ないし右下欄1行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、従来から、暗電流のもたらす色再現性に対する悪影響を除去するために、暗電流を回路的手段により除去するという方法が採られてるいことが認められる。

そして、引用例1記載の発明においても、暗電流による悪影響を除くという技術的思想は存在するのであるから、これに上記のごとき暗電流を回路的手段により除去するという方法を採用することは、暗電流が増加することにより起こる黒シェーデングの増加及び管面照度に対する信号の飽和レベル低下を抑制する目的で暗電流を減少させて0に至らしめ、なおかつ、絞り制御手段に供給されるビデオ信号から暗電流成分の影響が事実上除去されているという従来の効果もそのまま維持するということを意味するところ、これは引用例1において開示された暗電流を減少させるという技術的思想の延長上にあることは明らかである。

したがって、引用例1記載の発明が、ビデオ信号に含まれる暗電流成分の値を0ではない一定値にする方法であり、引用例1には暗電流成分を除去することについての記載は存しないからといって、引用例1記載の発明において引用例2記載の暗電流を回路的手段により除去するという方法を採用することに困難があったということはできない。

3  また、原告は、従来の技術常識では、ビデオ・カメラのようにイメージャの出力に、純粋のビデオ信号の他に暗電流成分を含むものにおいては、絞りの開口度の制御には、引用例1記載の発明のように、暗電流成分も加味すべきであるとされており、本願発明のように、暗電流成分が事実上除去されるようにして、暗電流成分とは無関係に露光量の大小に基づいて絞りの開口度を制御する手段は適用できないとされていたから、引用例1記載の発明は、絞り制御の本来の目的に反する動作を行う、一見無謀に見える本願発明の思想を示唆しているとは言えないし、これから当業者が本願発明を着想し得たともいうこともできないと主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第1号証によれば、昭和51年特許出願公開第145212号公報(以下、「乙第1号証刊行物」という。別紙図面3参照)には、「本発明は改良された黒レベル設定機構を設けたビデオカメラに関するものである。」(1頁左下欄10行ないし11行)、「本発明に係わるビデオカメラは、アイリス即ち絞りを完全に閉じた状態で黒レベルを決定し、且つ黒レベルを保持する回路と、撮像時に前記黒レベルに基づいて映像信号を形成する回路とを具備している。」(1頁右下欄10行ないし下から2行)、「この好ましい具体例に於いては、撮像管の暗電流が除去された状態に黒レベルが決定され、撮像時に前記記憶回路の入力が遮断されても、該記憶回路の記憶に基づいてクランプレベルが制御され、固定された黒レベルを得ることが出来る」(2頁左上欄6行ないし10行)、「上述のごとく構成すれば、スキャンサイズの中に黒部分を設けなくとも黑レベルを決定することが出来る、又、黒レベルの設定を時々行うことが可能となるので、黒レベルの設定毎に暗電流による影響を補償することが出来る、・・・このビデオカメラに於いては、第1図に示す如く矢印(1)で示す入射光通路に絞り装置即ちアイリス(2)が配され、これを介して撮像管(3)が光を受ける。撮像管(3)から得られる出力は黒レベル調整回路(4)と増幅回路(5)とを通って映像出力となる。アイリス(2)は被写体の明るさ即ち映像出力の大きさに対応して自動的に作動するようになっており、このため、映像出力を検波する検波回路(6)と、検波出力を基準レベルと比較する比較回路(7)と、比較出力を増幅するモータ駆動増幅器(8)と、アイリス(2)を回転するためのモータ(9)とが設けられている。」(2頁右上欄3行ないし左下欄6行)、「スイッチ(21)をオンにした直後に於いては、第2図の(A)、(B)、(C)、(D)、(E)及び(F)点に対応して第4図(A)(B)(C)(D)(E)及び(F)に示す波形が得られる。第2図の入力端子(A)においては第4図(A)に示す如く、映像信号期間T2で暗電流に相当したレベルが得られる。即ちアイリス(2)が閉じられていても、暗電流が流れるために、これに応じたレベルとなる。」(3頁右上欄4行ないし9行)、「このような制御動作に基づいて、出力ライン(15)のレベルは制御後第4図(E')に示す波形となる。即ちカットオフ期間(T1)におけるレベルと映像信号期間(T2)におけるレベルとがほぼ等しくなる。即ち暗電流が除かれた状態で黒レベル(LB)が固定される。」(3頁右下欄1行ないし6行)との記載があることが認められ、以上の記載によれば、乙第1号証刊行物記載の発明は、ビデオ・カメラの絞り制御を、暗電流成分を除去した黒レベルを基にした信号を用いて行っていることが認められる。そうすると、ビデオ・カメラにおいて暗電流成分を除去したビデオ信号によって絞り制御を行うことは、技術常識に反していたとも、新規な技術的課題てあるともいうことはできないから、これを前提とする原告の主張は採用できない。

4  以上のとおり、引用例1記載の発明においては絞り制御手段に供給されるビデオ信号における暗電流成分の基準値をどの値にするかということは特に限定されておらず、適宜に設定されるべき事項であって、この値を0にすることも技術常識に反しないばかりか新規な技術的課題でもない上、引用例1記載の発明においで暗電流を回路的手段により事実上除去する方法を採用することに困難があったとも認められないのであるから、引用例1記載の発明において引用例2記載の暗電流を回路的に除去する方法を適用して相違点Bに係る本願発明の構成を想到することは容易であったというべきである。

5  さらに原告は、本願発明が、一見無謀と思える、当業者の技術常識に反する動作を行うものであるとして、本願発明の構成による効果は顕蓍であってこれを引用例1記載の発明から容易に予測できたものとした審決の判断は誤りであると主張する。

しかし、本願発明のようにビデオ・カメラにおいて暗電流成分を除去したビデオ信号によって絞り制御を行うことが技術常識に反していたということはできないこと上記認定のとおりであるから、これを前提とする原告の主張は、前提を欠くものであり、前記1認定の作用効果は、引用例1記載の発明において引用例2に示されているような暗電流を回路的手段により除去する周知慣用の方法を適用することにより当業者が予測できた程度のものというべきである。したがって、本願発明の作用効果を容易に予測できた程度のものとした審決の判断に誤りはない(なお、審決は、この点について、「引用例1記載の発明から当業者であれば容易に予測することができる程度」としているが、その趣旨は審決の理由の全趣旨に徴し、引用例1記載の発明に上記周知慣用の方法を適用することにより容易に予測できた程度という意味であると解される。)。

したがって、原告の主張は理由がない。

6  したがって、相違点Bについての審決の判断には原告主張の誤りはない。

第4  よって、審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び附加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

別紙図面1

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別紙図面2

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別紙図面3

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